塚本建設株式会社

企業情報

Corporate information

沿 革

黎明

初代:塚本伊平

初代:塚本伊平
1870年(明治3)
−1912年(明治45)
1934年(昭和9)没
享年90

周智郡久努西村堀越字井ノ口(現在の袋井市堀越)にて、建設請負業として創業。屋号は創業の地である井ノ口と創業者の名前の伊平から、人を守る井桁の意匠を採用。その想いは、災害から人々の暮らしと生命・財産を守るという社会的使命を全うし、今も尚、当社の土木・建築事業に連綿と受け継がれています。
日本が近代化を進めていた当時、建設現場で働く職人は、東海道筋を西へ東へと渡り歩く流れ者が多く、彼らを束ねるには、それなりの力が必要でした。伊平は気性が激しい面もあったものの、義理人情に厚く、困っている者を放っておけない性格だったと伝えられています。
地域社会に対しても農地改革に伴う耕地整理を永井伊三郎氏のもとで中心となって尽力し、須賀神社の石碑に、その名が刻まれています。

その頃、神社仏閣(海蔵寺等)や公舎(久努村刮目舎)をはじめ、住宅や商店、倉庫など、幅広く手掛け、袋井駅前に出張所を設け、豊田家・塩谷家・門倉家の各系列など、多くの顧客に恵まれ、事業を拡大、弟子は53名を数えるまでに成長しました。また、旧国鉄駅舎の建築では愛知県の現場も請け負っていたため、遠く県外まで「遠州の井ノ口」の名は知れ渡っていたようです。

継承

二代:塚本廣次

二代:塚本廣次
1912年(明治45)
−1926年(大正15)
1957年(昭和32)没
享年82

初代・伊平から家業を受け継いだ廣次は、几帳面な性格で、設計と施工管理もそつなくこなしていました。当時は建築技術者の数が少なく、貴重な建築技術者として旧国鉄や専売公社などの嘱託で県外へと頻繁に出張していたようです。
また、久努西北小学校の建設では、上棟直後に台風の襲来に見舞われ、大きな損害を被り、当時は保険制度もなく、大変な思いをしたと伝えられています。

萌芽

三代:塚本 要

三代:塚本 要
1926年(大正15)
−1956年(昭和31)
1957年(昭和32)没
享年59

1934年(昭和9)、宇刈川改修に伴い、堀越字井ノ口から堀越字田中に事業所を移転。三代目を引き継いだ要は、温厚な性格で人望も厚く、周智郡の建築組合長を長期に渡って引き受けていました。また、村会議員、袋井町となった以降も町議会議員を務め、業界の発展とともに、地域社会の発展に尽力しました。

この時代に培ったDNAが、「地域社会から、あの会社がいてくれて良かった」と認められ喜ばれる存在にしたい、という経営理念として引き継がれ、現在にも脈々と息づいています。
この代の主な施工物件には、今井小学校・袋井駅前天理教・本町授産所・延久橋などがあります。

発展

四代:塚本正樹

四代:塚本正樹
1956年(昭和31)
−2003年(平成15)
専務 塚本秀樹
常務 大場芳樹

長兄・直樹が第二次世界大戦(大東亜戦争)に学徒出陣し、フィリピンにて戦死したため、正樹が四代目を継承し、事業所を久能1232-2に移転しました。
性格は一度決めたら梃子でも動かない頑固一徹。その反面、納得すればすべてを任せるさっぱりとした気質で、袋井市建設事業協同組合長や袋井商工会議所会頭を務めるなど、先代同様、事業と並行して地域発展のために力を尽くしました。
1967年(昭和42)、経営基盤の充実と将来に向けた発展を目指し、株式会社とし、1979年(昭和54)には本社を現在地(袋井市小山)に移転。その後、一級建築士事務所・宅地建物取引業の取得、小笠営業所の開設、ISO9001・EA21を取得、総合建設会社としての礎を築きました。

この代は、高度経済成長の波にも乗り、事業領域を拡大。北公民館や袋井市民体育館、今井・三川・北の各小学校、周南中学校、袋井高等学校、袋井市民病院、袋井市役所(JV)、袋井市総合センター(JV)、広愛大橋(JV)といった公共工事をはじめ、法多山尊永寺や可睡斎、海蔵寺、雲江院、宣光寺、八幡宮、須賀神社、津嶋神社などの神社仏閣、その他にも工場や倉庫、住宅、商店、事務所、さらには堀越区画整理や久能区画整理、山梨圃場整備、豊浜港の整備など、幅広い事業を展開しました。

継続

五代:大場芳樹
2003年(平成15)
−2012年(平成24年)
専務 金原敏朗
常務 塚本法樹

初代伊平から140有余年のDNAを後代に引き継ぐため、組織として塚本イズムのシステム化、継承に努力。 会社運営において部門制及び月次決算を導入し、経営理念を基に年度計画、中期計画を毎年全社員が研修会にて検討し、方針、目標を明確にした上で日々の行動に伴うP.D.C.A.サイクルを廻す。 社員教育は人間力向上を目指した人づくりを教育目標とし、伊勢研修会、月1回の早朝勉強会、技術力向上を目指した各種団体への研修訓練への参加を実施。 また、人財育成に役立つ賃金管理システムを導入。 顧客対応に関し、引渡し物件を長期に渡ってサポートする年次点検を含むアフターサービスシステムを実施。

公共工事において、菊川市公共下水道、掛川市・袋井市新病院の保育所及び保管庫(JV)、袋井高校耐震補強、北小学校校舎増築、市民病院改修及び耐震補強、民間工事においては企画提案型事業に着目し、 敷地探し・造成計画・建築計画・竣工後メンテナンスを通した一連の計画を提案する手法の標準化を図り、各種物流施設、工場、マンションにて実施。 その他、金融機関、店舗、医療施設、高齢者福祉施設、保育園、住宅等を施工。幅広い分野にて事業を展開しました。

未来へ

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六代:塚本法樹
2012年(平成24年)―

専務 金原敏朗
常務 

塚本法樹が六代目として社長を引き継いだ2012年は、リーマンショックの後遺症と東日本大震災のWパンチによって、国内経済が未曾有の危機に陥っていました。そこで六代目として打ち出したのが「継続」でした。これは今まで通りということではなく、維持するべきものと改めるべきものを峻別し、時代や社会情勢の変化に対応するということを意味しています。具体的にはIT・ICTへの対応が挙げられます。受注拡大にとって不可欠であると同時に、作業の効率化と精度の向上、生産性の向上に役立つことから、積極的に導入。建築、土木といった現場だけでなく、営業にも活用するなど、全社的に取り組むことで体制強化に繋げています。
今後は経済が飛躍的に成長する時代ではないため、建物も道路・橋といったインフラも、新規の建造ではなく、既存の建造物をいかしにて維持していくかという方向にあると予見。新規案件への対応と並行して、建物・土木構造物の耐震補強も含めた長寿命化のニーズに対応できる態勢を整え、積極的に進めています。